2026/07/22 22:39
人生には、
深く関わった人だけじゃなく
少しだけ道が重なった人がいます。
長い時間を過ごしたわけじゃない。
「親友」と呼ぶほどでもない。
それでも
その人の言葉や姿勢が、
気づかないうちに、自分の一部になっていることがあります。
だから
人とのご縁は
近さだけでは測れないのかもしれません。
今日、訃報が届きました。
私が初めて
仕事を「辛い」と感じた職場の上司でした。
仲が良かったわけではありません。
たくさん話をしたわけでもありません。
それでも、
仕事を楽しむ姿勢や
前向きに働くことの面白さを、
私はその人から受け取っていました。
そしてその職場を辞めてから数年後
私のポップアップに、
会いに来てくれたことがありました。
あの日のことは、
今でも嬉しく覚えています。
訃報を知ったとき
私は会いに行っていい関係なのか
少しだけ考えました。
そんなとき
母が亡くなった日のことを思い出しました。
あの日のお葬式には
一度しか会ったことのない方まで
母に会いに来てくださいました。
その一人ひとりが
どれほど嬉しかったか。
どれほど救われたか。
私は今でも忘れていません。
だから気づきました。
私は
人が亡くなったから会いに行きたいんじゃない。
あの日
母のお葬式で受け取った優しさを
何年経っても
誰かに返したいんだ、と。
もう会えないかもしれない人に社交辞令はいらないんだと。
私くらいの年齢になると
別れは少しずつ
遠いものではなくなってきます。
だからこそ
会いに行こうか迷う日もあるかもしれません。
でも
その一歩で救われる人がいることを
私は知っています。
これは綺麗事ではありません。
私自身が救われた側だからです。
だからこれからも
人生のどこかで出会い
私の一部になってくれた人には、
「ありがとう」を伝えに行こうと思います。
あの日受け取った優しさを
少しずつ
また誰かへ返していけたら
そう思っています。
いつか誰かが、
会いに行こうか迷った日に、
この文章を思い出してもらえたら嬉しいです。
